大吟醸「一輪一滴」に込めた想い
2024年11月、数量限定900本の大吟醸酒「一輪一滴 2021BY」が
発売になります。今、なぜ新しい商品を発売するのか?
この特別な1本に込めた想いを、蔵元の石本龍則に話を聞きました。
変わっていくことこそ、石本酒造の神髄。
それを象徴する酒。
「一輪一滴」は、他の商品と佇まいも異なりますが、どのようなお酒なのでしょうか?
記憶にある方もいらっしゃるかもしれませんが、2017年に「百十周年祝酒 一輪一滴」という商品を発売しました。2017年は石本酒造の創業110周年の節目ということで、長くご愛顧いただいてきた感謝を込めて、原料も工程も本当に手をかけた純米大吟醸酒を造ったんですね。限定3,900本で、私が1本1本ラベルにシリアルナンバーを手書きしたのを、昨日のことのように覚えています。蔵を象徴する酒なので、蔵の志を込めた名前にしたいと、ミッションの「一滴に、一輪の美意識」から「一輪一滴」と名付けたんです。
そして今、新たに「一輪一滴」を発売するに至った理由は何でしょうか?
石本酒造の根っこにあるのは、「上質な酒を醸す」という品質本位の考えなんですね。当然ですが、品質を犠牲にしてまで絶対に量産したりしない蔵です。望んだことではないですが、かつて越乃寒梅は「幻の酒」と言われ、プレミアム価格が付いたり、管理状態が悪いものが出回ってしまったり、本当に届けたいものが届きづらい状況になったことがありました。そうした時代を経て、皆様の身近に寄り添い、信頼して飲んでもらいたい、その想いがありまして、現在は特約店様のみならず、さまざまなお店に出荷しています。ただ手にとりやすくなった分、品質本位という私たちが最も大切にする信条が、伝わりづらくなっているのも事実かなと。一輪一滴は、3万円という価格を見ていただいても、我々の持てる力のすべてを注ぎ尽くした品質本位を象徴する酒ですから、「一輪一滴」を通して私たちが大切にすることを改めて発信できればと思ったんですね。
前回の「一輪一滴」は110周年記念の限定酒でしたが、今回の「一輪一滴」は通年商品なのですね。
ええ、これにも理由がありまして。超特撰にしろ白ラベルにしろ、すべてのお酒は、毎年同じように造っているわけではなく、しっかり深掘りして、毎年設定した目指す味に向かって、研鑽と挑戦を重ねているわけです。今回の「一輪一滴」は、アルコール添加酒ですけれど、同じアルコール添加酒である超特撰とは違うベクトルで、それでも最高の品質のものを造ってみよう。超特撰はこういう方向性だけれども、ちょっと変えてみようと挑戦することで、新たな技術の研鑽につながりますし、蔵の成長につながるんですね。受け継いできた伝統を守りながらも、新たな挑戦をする。変わっていくことこそが石本酒造の神髄だと私の代では考えていますから、「一輪一滴」を通してそれを体現していきたいと思っています。
ラベルには、2021BY(Brewery Year)と記されていますが、来年以降も継続して作っていく予定でしょうか?
そのつもりでいます。ただ今年と同じ酒、決まり切ったものをやらなくてもいいと思うんですね。次は純米酒であってもいいし、志向が真逆の酒でもいいし、酒米や精米歩合も価格も、当然変わって良いと思います。お客様の喜びや驚きの瞬間を想像して、考え抜いた結果であるならば、常に変わっていいし、常にチャレンジしたいと思っています。ブリュワリーイヤーを記載していますから、ワインやウイスキーのように、その年ごとの個性を楽しんでもらえるといいな、そんなことも思い描いています。
音楽もアートも、そして日本酒も、
心で感じるもの。
具体的にお酒の中身の話になりますが、他の越乃寒梅とはどのような違いがあるのでしょうか?
違いはいろいろあるのですが、例を1つ挙げると、他の商品ではお酒を搾った直後に火入れを行い、貯蔵タンクに移して熟成させて、そして出荷直前にもう一度火入れをして、瓶詰めをするというプロセスなんですね。「一輪一滴」に関しては、搾った直後に貯蔵タンクには入れずに、すぐに火入れ・急冷して瓶詰めしてしまって、それを1年以上熟成させています。
味わいに違いは生まれるのでしょうか?
搾った後にすぐ瓶詰めしているので、より香りや風味を楽しんでいただける、より個性的な味わいのお酒に仕上がっているかと思います。どちらのお酒にも良さはありますが、その違いを楽しんでいただけるといいですね。
「一輪一滴」を収めるカートンも、特別なデザインになっていますね。
これは、熨斗袋や熨斗紙で馴染み深い「水引」をイメージしたものなのですが、私が水引を見ると、何か惹かれるものがあるんです。紅白のカラーリングだったり、何気ない飾り紐でお礼や感謝の気持ちをさりげなく伝える日本的な部分だったり……要因はさまざまだと思うのですが、水引は私たちの暮らしの中で自然と使っているものなので、多くを語らずとも、このデザインを見ていただけたら、私たちの気持ちをスッと理解いただけるかなと。
ラベルも他の商品と少し異なるものですね。文字が見えるようで見えないというか。
ええ、これも敢えて、ロゴマークと商品名の部分は金箔にして、ひと手間を加えたデザインになっています。ストレートに商品名を出したり分かりやすくすることも当然大事ですけれども、音楽やアートなどと同じで、目に見える部分だけでなく、心で感じる、五感を研ぎ澄ませて感じるという部分が大きいと思うんです。「大切なものは、見えそうで見えない」という思いが私の中にあって、それを反映したラベルになっています。
最後に、手に取ってくださる方へメッセージをお願いします。
これは「一輪一滴」に限ったことではないのですが、飲んでくださった方に心豊かになってもらう、納得いただく、ということが一番大切だと思うんですね。例えば、「味が良かった」「香りが好きだった」「お客様に喜んでもらえた」「おじいちゃんが喜び過ぎて、孫に小遣いをいっぱいあげた」……人それぞれだと思いますが、このお酒が何かのキッカケになることが重要だと考えています。香りが強くて食べ物とは合わないね、バランス崩しちゃうねと少しでも思われたら、そちらばかりに気持ちがとられてしまって、その時間を楽しめないですし、人に薦めるときにも心配になりますよね。そういった引っ掛かりを排除した酒造りに頑なにこだわっていく……これこそが越乃寒梅であり続けることであり、その決意を込めたのが「一輪一滴」です。作り手としての想いは数多くありますが、そんなことは抜きにして、お客様には肩肘張らずに純粋にお酒を楽しんでもらえたらと思います。